ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

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串本「トルコ記念館」「樫野埼灯台」 親日トルコとの縁

二十数年前、一枚のカッパドキアの写真に魅せられて、トルコへ2週間旅行したことがあります
その頃はまだ今日のような旅行ブームではなかったので、ツアーの数も少なかったです
トルコはカッパドキアだけでなく、世界遺産の宝庫で、観光もバラエティーに富んでいておもしろかったあ~
東側はクルド人の独立問題がありましたが、西側は治安も良く、何よりも人々は私たちを見ると、ハポン、ハポンと笑みかけてくるのです
この親日の待遇に、ツアーで一緒になった人たちもみんなトルコが大好きになりました

トルコが親日になった要因の一つが、ここ串本でのある出来事なのです

< トルコ軍艦の遭難 >
1890年(明治23年)、オスマントルコの使節団を乗せたエルトゥールル号
天皇への謁見を終え帰国する途中、台風に遇い紀伊半島沖で座礁し沈没
串本の住民の献身的な救助活動によって、トルコと日本の友好関係が始まったのです

この話は、トルコでは今でも教科書に載っているそうですよ

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ターキッシュブルーのタイルに覆われた トルコ記念館
トルコと日本の国旗が掲げられています
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トルコ軍艦遭難慰霊碑 & 日本好きだった初代大統領ケマル・アタチュルク像
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先に進むと、樫野埼 かしのさき 灯台 にぶつかりました

日本最初の石造り灯台だそうです

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ルッちゃん、健気にも急ならせん階段を登って、上まで行きましたよ

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この沖でエルトゥールル号が遭難したのですね

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灯台守がこの岩場を登ってきたずぶ濡れの大柄な人を見つけて遭難を知り
すぐさま住民に知らせて総出で救助にあたったそうです
体を抱いて暖めたり、なけなしの食料もふるまったとか

後日談というか、それから100年経って1990年代、イラン・イラク戦争が勃発した時
テヘランには200人以上の日本人が取り残されていましたが
トルコは、戦火の中2機の飛行機を出して救出してくれました
100年も前の恩を忘れないでいてくれたのです


トルコ人のいる土産屋さんもありました、とてもカラフル!

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目玉の魔除け “ナザールボンジュー” や絨毯など

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本州最南端の串本、ハイビスカスの花も咲いていて、爽やかさにあふれていました

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