ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

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真田幸村の次男は仙台藩士になっていた

九州旅行記は、しばし中断して、地元の旬な話題から。

六文銭 の紋様は 、戦国 真田家 の旗印。

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真田幸村大阪夏の陣で命を散らしましたが、その生き様は今でも語り継がれている武将です。

その時代を共にしたのが、伊達政宗の右腕で、後に仙台の南の要 白石城 を任された 片倉小十郎 (後に重綱)という人物。

小十郎 あっての伊達家」、秀吉に五万石で引き抜きを打診されたこともあるくらい、「伊達にその人あり」と称されています。

真田幸村の直系は、大阪落城と共に途絶えたと思われていました。

しかーし

幸村は生前、小十郎に子どもたちの保護を頼んでいたのです。

長男は大阪城で自刃しましたが、4人の娘と末子の次男は、戦火をかいくぐり、小十郎のところに身を寄せました。

家康側に付いた伊達家とは敵同士になっていましたが、小十郎幸村との約束を守り、子どもたちを匿い、白石城に連れ帰りました。
(政宗は了解済みだったようで、政宗はいずれ家康を討って天下を取るという野望を持っていたのです)

上の娘は17歳になった時、小十郎の後室になりました。
片倉家は代々、幸村公の娘を妻に迎えたことを誇りにしていたそうです。

成長した次男(大八、後に守信)は、伊達家の直臣に採りたてられました。
最初は出自を幕府に詮索されないように片倉姓を名乗っていましたが、時代が落ち着いてから真田姓に戻したとのことです。
そして、仙台と白石の間に領地を拝領するという厚遇を得ました。


その領地があった 蔵王町 の「ございんホール」で、「仙台真田家の名宝展」が開催されていて見てきました。

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仙台真田家は現在十四代目です。
展示会では、伝来する貴重な雪村公の武具や旗などの所蔵品が展示してありました。

また今回は特に、十代目当主で、幕末の戊辰戦争を駆け抜けた、真田喜平太 の生涯について紹介されていました。

戊辰戦争では、仙台藩は官軍に対抗して「奥州越同盟」を組み、兵を福島に出していました。
仙台藩の要職に就いていた喜平太は、自ら隊を率いて郡山まで出陣しました。
その時喜平太が掲げた隊の旗印は、ナント先祖伝来の 六文銭 だったそうです。

会津落城の後、仙台藩は宇和島伊達家の説得もあり、寸でのところで降伏しましたが、4人の家臣が切腹、あくまでも強硬な人たちは脱藩し、函館五稜郭へと集結していったそうです。
仙台六十二万石は、二十八万石に減封となりました。

喜平太は逆賊扱いになり、藩から除名という処分を受けました。

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再来年のNHK大河ドラマは 「真田丸」
小十郎 とのエピソードは取り上げられるかしら。

片倉小十郎 だけでもドラマになりそう。
残虐なイメージの政宗に守役から忠誠を貫き通し、かたわらでは敵将の子を守り、真田家を再興させたのですから。

ちなみに、カズは白石生まれで、実家は現在十七代、片倉家の本侍でした。
先祖は、小十郎の時代に槍の名手だったと伝わっています。


宮城蔵王の麓に広がる蔵王町、ゆるキャラの

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展示会場の「ございんホール」の近くに、蔵王からの湧き水の水場があります。
(何を隠そう、カズは“湧き水ハンター”なのです)

以前は奥まった所にあり不便でしたが、道路沿いに新設されて駐車場もあります。

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4㍑ペットボトルで30数本、夏場でも3週間は持ちます。
湧き水でご飯もお茶も、ぐんと美味しくなります。

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