ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

2016年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年10月

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「明恵ふるさと館」和歌山県有田川町(1)

次の目的地はいよいよ 高野山
阪和自動車道を有田ICで降りて内陸部に入り
最初の道の駅で休憩することにー

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明恵・・・?
明恵(みょうえ)上人のことかしら?


全くの偶然!
ナントここは、鎌倉時代の高僧、明恵上人の生誕地だったのです

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明恵上人については、若い頃ユングの心理学に興味を持っていて
河合隼雄 さんの 「明恵 夢を生きる」 という本で知りました

明恵上人は、夜寝て見た夢を 「夢記 ゆめのき として記録していました
19才から亡くなる少し前まで、40年間も!
夢を仏からの導きと捉え、夢に解釈を加え、自らの指針にしていました
上人にとっては、夢を見るのも修行のうちだったのです

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白洲正子 さんの本には
明恵上人が再興した京都の 「栂尾山 高山寺」 のことも書かれています
世界文化遺産の高山寺は、国宝の「鳥獣戯画」や「明恵上人像」などを所有し
紅葉の名所としても知られています
上人は、日本で初めてお茶の葉を栽培した人でもあるそうです

明恵上人は、ここ有田川町で武士の家に生まれました
しかし8歳で両親を亡くすと、自らの意志で仏門に帰依し、修行の道に入ります
当時は、道元、親鸞などが新しい宗派を起こしていた時代です
上人は信望を集めましたが、教団を構えることはありませんでした
群れを作らず、一人・・・
私は、上人のその姿勢に惹かれます
人は結局、一人で悟って行かなければならないのだろうと思います

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上人自筆の歌碑 「ふるさとの やどにはひとり 月やすむ そもつもさびし 秋のよのそら」

近くにある上人ゆかりの「歓喜寺」
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生誕の地の周辺には、ミカン畑が広がっていました
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実は、生まれも育ちも東北の私
黄色いミカンが木に生っているのを実際見たのは初めて!
感激しました! (昨年10月のことですけど)

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道路沿いも、車にかぶさるようにたわわ、手が届きそう!

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| 紀伊半島紀行 | 10:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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クンクン命!のルルがコテージ村でお手柄&「白良浜」「三段壁」「千畳敷」

ドーム型のコテージが並ぶ とれとれヴィレッジ

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広い村内を散歩に出かけました

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ドッグランもありましたよ
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ルルはというと・・・
走ることなく、クンクン!
アジリティもしたことないので、ただクンクン!

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帰りは、同じ建物が並んでいるので、道がわからくなりました

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ルルがリードを引っ張るので、手を離すとー

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クンクンしながら、どんどん進んでいきます

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と、急に道からそれて一目散に走り出した~

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私たちも走って追いかけるとー

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ルッちゃん、偉~い! お手柄、お手柄!
ワンコの嗅覚って凄いんですね


翌朝は、いつものように早く目を覚ましたので
まだ暗いうちに、白良浜 しららはまに車で行ってみました

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しらじらと夜が明けてきました

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う~ん、ここでもルッちゃん、クンクン命!でした


コテージ村に戻って、朝食をとり、チェックアウト
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サヨナラ、おとぎの国のコテージ村
丸いお部屋が、円盤に乗って宇宙の中にいるようで楽しかった~♪


その後、三段壁~千畳敷 の観光に向かいました 

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| 紀伊半島紀行 | 05:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「南紀白浜」 ワンコOK!メルヘンのコテージ村~♪

妖精が棲んでいるような・・・まるで北欧の絵本に出てくるメルヘンティックな光景

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ここは、南紀白浜にある とれとれヴィレッジ という宿泊施設

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FRPで出来たドームの形のコテージが133棟
建ち並ぶ光景は、まるでおとぎの国みたいで、ウキウキ~♡

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ペット同伴OKのコテージが何棟かあり
10日間の紀伊半島旅行の間、私たちが予約して唯一泊まった宿です

コテージの中も “かまくら” のように丸い
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天窓が切られていて、明るく清潔で、ワンコ用ケージもあります

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ルッちゃん、すっかりリラックス

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お食事と温泉は別棟なので、ルルを残して、歩いて出向かなければなりません

食事は朝夕ともバイキング (ワンコ用の食事は付いていません)

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刺身・握り・兜焼き・あら汁など海鮮料理が並んでいて、牛ステーキはその場で焼いてくれます

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種類が多くて食べきれなれませんでした

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夜は、コテージ村の広場で、音と光のイルミネーションが開催されていました

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一泊二日2食付で一人¥9,800(ワンコは無料)、リーズナブルだと思います(当時)

長くなったので、クンクン命!のルルの手柄話は次回でー



| 紀伊半島紀行 | 16:40 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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串本「トルコ記念館」「樫野埼灯台」 親日トルコとの縁

二十数年前、一枚のカッパドキアの写真に魅せられて、トルコへ2週間旅行したことがあります
その頃はまだ今日のような旅行ブームではなかったので、ツアーの数も少なかったです
トルコはカッパドキアだけでなく、世界遺産の宝庫で、観光もバラエティーに富んでいておもしろかったあ~
東側はクルド人の独立問題がありましたが、西側は治安も良く、何よりも人々は私たちを見ると、ハポン、ハポンと笑みかけてくるのです
この親日の待遇に、ツアーで一緒になった人たちもみんなトルコが大好きになりました

トルコが親日になった要因の一つが、ここ串本でのある出来事なのです

< トルコ軍艦の遭難 >
1890年(明治23年)、オスマントルコの使節団を乗せたエルトゥールル号
天皇への謁見を終え帰国する途中、台風に遇い紀伊半島沖で座礁し沈没
串本の住民の献身的な救助活動によって、トルコと日本の友好関係が始まったのです

この話は、トルコでは今でも教科書に載っているそうですよ

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ターキッシュブルーのタイルに覆われた トルコ記念館
トルコと日本の国旗が掲げられています
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トルコ軍艦遭難慰霊碑 & 日本好きだった初代大統領ケマル・アタチュルク像
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先に進むと、樫野埼 かしのさき 灯台 にぶつかりました

日本最初の石造り灯台だそうです

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ルッちゃん、健気にも急ならせん階段を登って、上まで行きましたよ

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この沖でエルトゥールル号が遭難したのですね

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灯台守がこの岩場を登ってきたずぶ濡れの大柄な人を見つけて遭難を知り
すぐさま住民に知らせて総出で救助にあたったそうです
体を抱いて暖めたり、なけなしの食料もふるまったとか

後日談というか、それから100年経って1990年代、イラン・イラク戦争が勃発した時
テヘランには200人以上の日本人が取り残されていましたが
トルコは、戦火の中2機の飛行機を出して救出してくれました
100年も前の恩を忘れないでいてくれたのです


トルコ人のいる土産屋さんもありました、とてもカラフル!

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目玉の魔除け “ナザールボンジュー” や絨毯など

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本州最南端の串本、ハイビスカスの花も咲いていて、爽やかさにあふれていました

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| 紀伊半島紀行 | 06:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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本州最南端・道の駅「くしもと橋杭岩」&「無量寺」

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橋杭岩の麓にある道の駅、施設はモダンな建物で、新しく清潔でした
2階からは、橋杭岩が見渡せます

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橋杭岩は、奇岩が橋の杭のように並んでいるので名付けられそうです

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道の駅のイラストにあるように弘法大師が、天邪鬼(あまのじゃく)と賭けをして
向こうの島まで橋を架けようと、一夜で築いたという伝説が残っていますが・・・

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そびえ立っている部分は、1400万年前のマグマで出来ているそうです

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朝早く、人も疎らだったので、ルルのリードを持つ手を離してあげました

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次に訪ねたところは、同じく串本にある無量寺
日曜美術館で紹介されていた、長沢芦雪 ながさわろせつ の襖絵を観るためです

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お寺と、境内にある 応挙・芦雪美術館
当初、京都の丸山応挙に襖絵を依頼したが都合が付かず
弟子の長沢芦雪が長期滞在して描き上げたという

お寺と美術館には、実物大のレプリカが飾られていて
本物(重文)は、別な建物に厳重に保管されていて鍵を開けて見せてくれます

龍と虎が対峙した大迫力の墨絵、写真はNGなのでパンフレットから

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| 紀伊半島紀行 | 00:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大門坂~熊野那智大社~那智の滝

熊野古道・大門坂 の入口に着きました

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大門坂 は、杉並木と石段が650m続く、那智山への参道で
昔、坂の上に大きな門があったので、この名がついたとか

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樹齢800年の夫婦杉

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大門坂 を登りきると、続いて 熊野那智大社 を目指して 表参道 をひたすら登る

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「熊野三山」 三つ目、熊野那智大社 に到着です

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神武天皇が九州日向の国よりこの地に上陸して
三本足のカラスに案内されて奈良まで行き
大和の国を建設したといわれています
サッカー日本代表のシンボルマークにもなっています

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隣接して、西国三十三所第一札所の 那智山青岸渡寺 があります

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ここから下って行くと、三重搭那智の滝 が見えてきました

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落差が133mあり、華厳の滝、袋田の滝 と共に 日本三名瀑 の一つです

| 紀伊半島紀行 | 09:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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