ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

2015年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年04月

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丹後ちりめん街道 「加悦」 という町 (山陰山陽紀行4)

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山陰地方に向かって日本海沿いを西へ。
北陸自動車道 敦賀 IC から、近畿自動車道 (開業前で無料) に入りました。

実は山陰山陽へ行ったのは、昨年の9月末、台風が次々襲来していた頃でした。
延ばし延ばししていても仕方がないと、台風に遇うことを覚悟して見切り発車してきていたのです。
高月を出る頃から、雲行きが怪しくなりました。

「道の駅 舞鶴湾とれとれセンター」 二日目の夜は、ここで日本海を北上する台風をやり過ごしました。(暴風雨で明け方まで車が揺れ続けていました)

翌朝も雨が残り、「天の橋立」の景観は望めそうにないので、丹後半島の内陸部へと向かうことにしました。

京都府 与謝野町 加悦 かや に到着。

加悦は 「丹後ちりめん(縮緬) と呼ばれる“しぼ”のある絹織物 で栄えた町です。


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加悦には 「ちりめん街道」 と呼ばれる、江戸~昭和初期の建物が多数残る町並み(重要伝統的建造群保存地区)があります。

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写真右上、昭和初期の木造洋館「旧加悦町役場庁舎」(現・与謝野町観光協会)内で、丹後ちりめんの着物をまとったマスコットキャラ「まめっこまいちゃん」とルル(写真左下)。

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自動織機の機音が響く「ちりめん街道」の町並みを進むと 「旧尾藤家住宅」 がありました。

「尾藤家」は代々の大庄屋で、江戸後期から「生糸ちりめん問屋」として栄え、北前船も所有し、昭和に入ってからは加悦の町長を務めた家柄。

江戸末期の建造に、増改築が行われ、昭和初期に「昭和モダン」と呼ばれる洋館も建築された、広大な屋敷です。

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以前、この住宅で、裂き織り作家の知人が作品展を開いたことある、と聞いていました。
ちょっと訊ねてみると、偶然にも、その作品展を企画したという女性がおいでだったのです。

そのYさんという方から、「尾藤家住宅」を丁寧にご案内していただきました。
そして有り難いことに、その夜は、Yさんのご自宅にまでご招待されたのです。

「尾藤家」から程近いYさんのお宅も旧家で、年代物の調度品がたくさんありました。

ご主人も交えて、この辺りの歴史、風土、文化、見所などを教えていただきました。
与謝野町は、与謝野鉄幹の父親の出身地でもあるそうです。

その日の夜は、Yさんの駐車場が旅の三晩目となりました。

明けて、出発の朝にー
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Yさんご夫婦は、これまでの人生で培ってきたものがにじみ出ている、といった感じで、気品に満ちたお二人でした。(私たちもこんなふうに年を重ねていけたらいいな)

いただいたお土産の中に、こんな素敵な“袱紗”がー

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「大江山 いくのゝ道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立」

和泉式部の娘、小式部内侍の作(小倉百人一首)
あまりに歌が上手いので、母が代作したのだろうと揶揄されて詠み返した歌。
<訳>母が住む丹後は、行くには「大江山」「生野」と幾つもの野山を越えた遠い所にあるので、未だ母からの便りなく文も見ていませんし、丹後の「天の橋立」にも足を踏み入れたことがありません。

ちなみに 和泉式部は、福島県石川町出身。
式部が上洛して、生き別れになった愛猫のエピソードが残る「猫啼温泉」があります。

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| 山陰山陽紀行 | 07:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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北陸自動車道からvol.3 湖北の「大笑面」&「琵琶湖八珍」(山陰山陽紀行3)

仙台を出発して2日目、滋賀県に入りました。
またまた寄り道、長年見たかった観音像があったのです。

木の元 IC から、長浜市 高月町 へ。
その仏像は、 向源寺 というお寺の敷地内にある、渡岸寺どうがんじ観音堂にありました。

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国宝 渡岸寺十一面観音立像 (撮影禁止のためポストカードから)
 
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天平時代の作と伝わる、高さ194cm、檜の一木造。
浅井vs織田の戦いの時は、村人たちが観音像を土に埋めて戦火から守ったという。


この観音様は、360°ぐるりと廻って観ることができます。
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背後に廻ると、後頭部に 「暴悪大笑面」といわれる面がありました。

照明が薄暗いせいか、ちょっと不気味で怖い感じ。

これは、人間の「表と裏」とか、「聖と俗」という二重性を表しているのでしょうか。
この観音様、前では神妙な面持ちをして、後ろであざ笑っている?・・・・

帰ってから調べてみると、「暴悪大笑面」とは、人の悪行を笑い飛ばしている表情なのだそうです。

この面は、見る人の心を映すとか。
早速カズに写真を見せて、どのように見えるか訊ねてみたら、「ニコニコ笑っているみたい」 だって(カズはどこまでも人がいい~)

<備忘録>
・天平時代、聖武天皇の世、泰澄の作と伝わる。
・十一面とは、菩薩面3、瞋怒しんぬ面3、狗牙上出くげじょうしゅつ面3、大笑面1、頂上仏面1
・向源寺と渡岸寺の違いは?
元のお寺が後に宗旨替えし向源こうげん寺となる。向源寺は真宗なので御本尊が阿弥陀如来像であるが、観音像は保存されてきた。国宝に認定された時、観音像を安置するため敷地内に「渡岸寺観音堂」が建てられた。渡岸寺とは寺の名前ではなく、ここの地名。


お昼は、お寺の前にある、「渡岸寺庵」に入りました。

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平日で、他に客がいなかったので、ルルも店内に入れてもらえたよ。

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メニューの中から、「びわこふるさと御膳」をお願いしました。
このお店は、高月の老舗料亭「なかたに」の支店だそうで、近くの本店から、料理人のおじいさん自らが車で運んできました。

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「どこから来たの?」 
「東北の仙台から・・・」
客は旅人の私たちだけだったので、そのおじいさんがいろいろお話をしてくれました。
なんでも、琵琶湖の湖魚 「琵琶湖八珍」 と言われるものがあり、その料理を開発していて地元メディアにも取り上げられている人だそうです。

御膳の料理の説明もしてくれました。

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スジエビとコアユのテンプラ                   コイのお造り
     
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石貝の和え物                           えび豆(スジエビと豆の煮物)とコアユ佃煮

量が少ないので、どういう味かまではなんとも・・・

*「琵琶湖八珍」とは? 調べてみました。
ビワマス・ニブロブナ・ホンモロコ・イサザ・ビワヨシノボリの固有種に、コアユ・ハス・スジエビを加えた八種類の湖魚のこと。
ウナギ・コイ・アユ(大)は一般的なので外したとか。
「宍道湖七珍」に対して選定されたそうです。

| 山陰山陽紀行 | 08:32 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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北陸自動車道からvol.2 山中温泉・永平寺(山陰山陽紀行2)

ちょっと寄り道、加賀 IC から・・・・

山中温泉を訪れるのは、2度目。
15年程前になりますが、能登半島から東尋坊を周って、その時は旅館に泊まりました。
こおろぎ橋 あやとり橋 が架かる渓流(鶴仙渓)沿いを散策しています。

今回は、「道の駅 山中温泉」 の駐車場が一晩目。

唱歌 「いまは、やまなか・・・♪」 にちなんでか、本物の汽車が展示されていました。

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なにせ、日が落ちてから到着し、翌朝も早く出発したので、建物内の様子はわからず。
併設している温泉施設が遅くまで開いていて、温泉には入ることができました~♪


「山中温泉」は石川県 「永平寺」は福井県
山中温泉からは県境を越えて永平寺まで一本道、近かったです。

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永平寺入口。
(写真はお坊さんを撮らなければOK、ワンコは入れないので今回ルルの写真ナシ)

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1244年、道元によって開かれた、曹洞宗の大本山。

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「傘松閣せんしょうかく」という156畳の大広間の、天井画は見事でした♪
昭和5年、当時の著名な144人の画家によって描かれた230枚の花鳥画です。

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帰りに、カズは、こんな本を買いました。
いわゆる “お寺のごはん” (まだトライしてませんけどぉー)

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数年前NHKで、立松和平さんが、永平寺の宮崎奕保えきほ禅師(当時104歳)に、インタビューをしている番組を見たことがあります。
宮崎禅師は、曹洞宗大本山永平寺の第七十八世貫主だった方。
立松さんは、禅師をたいへん尊敬しているそうで、かなり緊張していました。
(宮崎禅師は106歳(数え年108歳)、立松さんは惜しむらくも62歳で、お二方とも人生の幕を閉じています)

「永平寺 修行の日々」 「永平寺 104歳の禅師」 両番組を担当したNHKのディレクター、石川昌孝さんが執筆した本 「座禅をすれば善き人となる ・ 永平寺 宮崎奕保禅師 百八歳の生涯」 

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若い頃片肺を失くされながらも、108歳の天寿を全うした宮崎禅師。
石川さんは、取材中、何度も、禅師を生き仏のようだと思ったそうです。

宮崎禅師のお言葉から・・・・

・ 「只管打座」 「前後裁断」 「心身脱落」
ひたすら座禅に打ち込む、一息一息(一瞬一瞬)に集中し念を継がない、座禅をすると心身が抜け落ちる、欲はなくならないが「少欲知足」我欲を少なく、欲が出てきたら座禅をする

・ 「自然は立派やね。大自然は皆、堪忍な姿だ。耐え忍んでおる」

・ 「時が来たならば、ちゃんと花が咲き、そして、褒められても、褒められんでも、すべきことをして、黙って去っていく」

・ 「いつ死んでもいいと思っておったのが悟りやったと。ところが、いつ死んでもいいどころではない。平気で生きておることが悟りやったと。死ぬ時が来たら、死んだらいいやんし、平気で生きておれる時は、平気で生きとったらいいんや」

禅師は、“草木”の境地にあられたのでしょうか。

凡人の私は、規律正しい質素な生活も、穏やかで安定した心も、瞑想して無になることも難しいけれど・・・・
命の、その時その時を生きていけばいいのですね、その時その時やれることを成し遂げる、できれば心穏やかに、心豊かに、優しく・・・・

| 山陰山陽紀行 | 06:21 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「雪の練習生」ルルは、たらい足湯が大好きで~♪

大雪が降った翌日、ルルを連れて近くの広場までお散歩。

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ぬかるみも走ってきたようで、ルルは胸まで泥んこ。

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家に戻ると、お風呂場へ直行。

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たらいに、お湯をはると、ルルは自分から入っていきます。

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カズに、泥んこあんよを洗ってもらってー

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ルーおいで、と言ってもなかなか上がってこないゲンキンな娘。


ルーちゃんは耳のフリンジも豊かになってきました。

コイケルの耳毛のことを、とある神奈川地方のママさんは、“アルフィの高見沢さん”のようだと。
また、同じくとある神奈川地方のママさんのたとえは、“中世の騎士”

カズはというと、“武士がまげを落としたざんばら髪”みたいだなんて言っています。


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しっぽもふさふさになってきましたよ。(これだけで◯万円?)
“ ジュリアナ東京 ” の扇子みたいですね。(えっ、古い?)


ルルが足湯が好きになったのは、生後6カ月くらいの頃。
山形県の東根温泉に行った時でした。
ペットの足湯があって、初めは嫌がっていたのですが、ひとたび入ったら、この表情。

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昨年訪れた、長崎県の小浜温泉には、日本一長い足湯がありました。
“105m” という長さの足湯の最後にあったペットの足湯で。


・・・ルル助さん、足湯が大好きで~♪

| ルル | 16:28 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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