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女人高野「室生寺」~奈良県南部の寺社を訪ねて③

室生寺は、女人禁制の高野山に対し
古くから女性の参詣を受け入れていたことから、女人高野と言われていました

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そしてナント、ワンコも境内OK なんですよ!
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このお寺も山の斜面にあり、本堂や五重塔まで階段を登っていきます
途中、池の前でちょっと休憩
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この階段(鎧坂)を登ると、 平安時代初期建立の金堂(国宝)がありました
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御本尊の釈迦如来立像、十一面観音菩薩像、十二神将像等が安置されています
(仏像は撮影禁止)
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さらに登ると、本堂(鎌倉時代・国宝)
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この階段の上に、いよいよ 五重塔(国宝)が見えてきました
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平安時代初頭の建立といわれています
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朱塗りの柱と白壁のコントラストが美しい五重塔ですね
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でも思っていたより小さい・・・
高さが16.1mで、屋外に建つ五重塔では最小なのだそうです

奥の院までは700段登るそうで、私たちはここまで。。。

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五木寛之さんの「百寺巡礼」というTV番組がありましたが
その第一回目の放送が、この「室生寺」でした
五木さんは奥の院までなんなく登っていましたね


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| 紀伊半島紀行 | 08:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花の寺「長谷寺」~奈良県南部の寺社を訪ねて②

花々や紅葉が美しく、花の御寺(みてら)と称される長谷寺

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境内はペット✕なので、ルルは車内でお留守番しました


仁王門 (重文)・・・現在地
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仁王門をくぐると、登廊 のぼりろう (重文)が待っています

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長谷寺は斜面にあるので、本堂までは339段の階段を登らなければなりません

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登りきると、いよいよ国宝の 本堂 に到着です

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清水寺と同じ 懸造り がけづくり (崖造り・舞台造り)、1650年の建立だそうです

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御本尊の “十一面観世音菩薩”(重文)を拝観することができました (撮影禁止)

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身の丈は10.18mで、木造の観音像では日本最大だそうです


内舞台
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帰りは五重の搭などを見ながら下ってきました
花の季節ではなかったところが残念でした


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| 紀伊半島紀行 | 08:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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初代天皇ゆかりの「橿原神宮」~奈良県南部の寺社を訪ねて①

先日、天皇皇后両陛下が、橿原市にある初代天皇の神武天皇陵に参拝し
ご退位の報告をなされたというニュースが流れました

3年前になりますが、私たちも橿原市を訪れていて
神武天皇と皇后が祀られている 橿原 かしはら 神宮 に参拝しています

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図で見るように、広い敷地です

地図手前中央の駐車所から二つの鳥居を通って
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奥の御本殿入口の門 へ(地図の現在地)
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ルルはここまで。。。交替で参拝しました

門を入ると、白い玉砂利が敷かれた広場になっています
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外拝殿
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渡り廊下を抜けて、御本殿へ
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日本書紀には、神武天皇が高千穂に降臨した後、東征して
途中、3本足の八咫烏(サッカー日本代表のシンボルマーク)に導かれながら
この地、橿原の宮で即位し、崩御するまでの物語が綴られています

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その橿原宮があったとされる所に、初代天皇である神武天皇と皇后を祀るため
明治時代になって創建されたのが、橿原神宮 です

建国記念日は、神武天皇が即位したとされる日(紀元節)に由来していて
j次期天皇は、神武天皇から数えて、第126代目になるのですね

墳墓である神武天皇陵は、橿原神宮の近くにありますが
この時は、寄らないできてしまいました。。。


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| 紀伊半島紀行 | 10:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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九度山(2)女人高野

前出のご婦人から、九度山では 「慈尊院」 も見ていくよう勧められました

「慈尊院」 (世界遺産) は、女人高野、空海の母の寺です
高野山は女人禁制だったため、空海の母は、麓のこの場所で晩年を過ごしました

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空海は、片道20数キロの山道を、月に9回も、母と会うために通ってきたので
“九度山” という町名のいわれになったそうです

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「町石道」 ちょういしみち (世界遺産)は
この慈尊院から高野山まで、空海が設けた約20kmの参詣道
一町(約109m)ごとに、道標の町石といわれる石柱が、108基も建っているそうです

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慈尊院の境内に、ゴンという名のワンコの像がありました

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野良犬で、慈尊院に住み着き、ゴーンと鳴る鐘の音を聞くと喜ぶので名付けられたとか
いつしかゴンは、慈尊院から高野山大門までの約20kmの町石道
参詣者の道案内をして、毎日往復するようになり、親しまれていたそうです

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慈尊院を奥に進むと
町石道の出発点となる 「丹生官省符神社」 にうかんしょうぶじんじゃ (世界遺産)があります

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ここにもワンコ登場! 空海を高野山へと導いたという

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お伊勢さんにも、こんぴらさんにも、主人の代わりにお詣りしたというワンコの話があります
昔からワンコは、人に連れ添い活躍してくれていたのですね


| 紀伊半島紀行 | 05:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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九度山(1)道の駅~真田昌幸の墓

高野山を下りて、道の駅 「 柿の郷くどやま 」 に車中泊

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訪れたのは昨年の秋のこと、 くどやま(九度山) は初めて知る地名です
(大河ドラマ「真田丸」が始まる前でしたし・・・)

道の駅の周りは公園のように広くて
道路を隔てて、紀ノ川 が流れていました

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やたら「六文銭」のマークや、「幸村」の文字が・・・

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と、ワンちゃんを散歩させていた年配のご婦人が
仙台ナンバーの私たちの車に近づいてきました

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その方はナント、高野山のガイドさんをしているとのことです
そして
ここ九度山は、真田父子が配流されて14年も過ごした所だと教えていただきました
そうなんですね・・・

宮城も、翌年の「真田丸」の放映を控えて盛り上がっていることを話しました
幸村の次男が戦火を逃れて仙台藩士になり、後に真田家を再興していたのです

<ブログ内関連記事>
真田幸村の次男は仙台藩士になっていた
「みちのく真田弁当」東北真田家ゆかりの地


そしてまだ朝食前だというのに、これから真田家ゆかりの場所を案内してくれるというのです

向かった所は、真田父子が暮らしていたという 「 真田庵 」 今はお寺になっています

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やみくもにパチパチと撮ってきた写真、その中に
ナント 「 真田昌幸の墓 」 が写っていたのを発見!

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この時は、幸村の父が昌幸という名前であることすら知らなかった・・・
草刈パパはここで亡くなったのですね (分骨されて上田にもお墓があるそうですが)

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偶然出会ったご婦人は、わざわざ家に戻られて、私たちにお土産をくださいました

ご本人が採ってきたという “三鈷の松”( さんこのまつ)

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葉の先が三つある松で、高野山檀上伽藍の根本大塔と御影堂の間にあります
弘法大師が、法具の三鈷杵さんこしょを投げたら引っかかった松で
高野山を開創するきっかけになったそうです

こんな方に高野山を案内していただければ良かったなあと思っています


| 紀伊半島紀行 | 09:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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