ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

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九度山(2)女人高野

前出のご婦人から、九度山では 「慈尊院」 も見ていくよう勧められました

「慈尊院」 (世界遺産) は、女人高野、空海の母の寺です
高野山は女人禁制だったため、空海の母は、麓のこの場所で晩年を過ごしました

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空海は、片道20数キロの山道を、月に9回も、母と会うために通ってきたので
“九度山” という町名のいわれになったそうです

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「町石道」 ちょういしみち (世界遺産)は
この慈尊院から高野山まで、空海が設けた約20kmの参詣道
一町(約109m)ごとに、道標の町石といわれる石柱が、108基も建っているそうです

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慈尊院の境内に、ゴンという名のワンコの像がありました

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野良犬で、慈尊院に住み着き、ゴーンと鳴る鐘の音を聞くと喜ぶので名付けられたとか
いつしかゴンは、慈尊院から高野山大門までの約20kmの町石道
参詣者の道案内をして、毎日往復するようになり、親しまれていたそうです

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慈尊院を奥に進むと
町石道の出発点となる 「丹生官省符神社」 にうかんしょうぶじんじゃ (世界遺産)があります

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ここにもワンコ登場! 空海を高野山へと導いたという

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お伊勢さんにも、こんぴらさんにも、主人の代わりにお詣りしたというワンコの話があります
昔からワンコは、人に連れ添い活躍してくれていたのですね


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| 紀伊半島紀行 | 05:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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九度山(1)道の駅~真田昌幸の墓

高野山を下りて、道の駅 「 柿の郷くどやま 」 に車中泊

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訪れたのは昨年の秋のこと、 くどやま(九度山) は初めて知る地名です
(大河ドラマ「真田丸」が始まる前でしたし・・・)

道の駅の周りは公園のように広くて
道路を隔てて、紀ノ川 が流れていました

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やたら「六文銭」のマークや、「幸村」の文字が・・・

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と、ワンちゃんを散歩させていた年配のご婦人が
仙台ナンバーの私たちの車に近づいてきました

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その方はナント、高野山のガイドさんをしているとのことです
そして
ここ九度山は、真田父子が配流されて14年も過ごした所だと教えていただきました
そうなんですね・・・

宮城も、翌年の「真田丸」の放映を控えて盛り上がっていることを話しました
幸村の次男が戦火を逃れて仙台藩士になり、後に真田家を再興していたのです

<ブログ内関連記事>
真田幸村の次男は仙台藩士になっていた
「みちのく真田弁当」東北真田家ゆかりの地


そしてまだ朝食前だというのに、これから真田家ゆかりの場所を案内してくれるというのです

向かった所は、真田父子が暮らしていたという 「 真田庵 」 今はお寺になっています

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やみくもにパチパチと撮ってきた写真、その中に
ナント 「 真田昌幸の墓 」 が写っていたのを発見!

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この時は、幸村の父が昌幸という名前であることすら知らなかった・・・
草刈パパはここで亡くなったのですね (分骨されて上田にもお墓があるそうですが)

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偶然出会ったご婦人は、わざわざ家に戻られて、私たちにお土産をくださいました

ご本人が採ってきたという “三鈷の松”( さんこのまつ)

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葉の先が三つある松で、高野山檀上伽藍の根本大塔と御影堂の間にあります
弘法大師が、法具の三鈷杵さんこしょを投げたら引っかかった松で
高野山を開創するきっかけになったそうです

こんな方に高野山を案内していただければ良かったなあと思っています


| 紀伊半島紀行 | 09:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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昨年の高野山(開創1200年)

<大門>
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<檀上伽藍>

中門
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金堂
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六角経堂 と 西塔
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御影堂 (右後方に“三鈷の松”
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根本大塔
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蓮池
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<金剛峯寺>

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正門
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大玄関
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天水桶
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鐘楼
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<奥の院>

中の橋
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諸大名墓石群
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弘法大師御廟
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<レンタル音声ガイド機>

途中で気付いたのですが、要所要所の史跡に数字がふられた小さな表示板がありました
¥500で音声ガイド機を借りると、その場所で説明案内が聞けるそうです
私たちは通り一遍に見て回りましたが
歴史やいわれを知れば、もっと理解が深まるだろうと思いました


<宿坊>

三泊四日で今年5月に高野山に行ってきたという友人から話を聞く機会がありました
三泊とも高野山にある宿坊に泊まってきたとのこと

高野山では、ナント52の寺院 が宿坊を営んでいて
それぞれに特徴があるようです

彼女が泊まった宿坊は、朝のお勤めは自由参加で、写経や阿字観(瞑想)は無料
お部屋も個室タイプで、精進料理も美味しく、お酒も自由に注文できたとのこと
若いお坊さんがお料理を運んで、お布団も敷いてくれたそうです

中2日の間、真田昌幸・幸村父子が蟄居した 蓮華正院(宿坊)を見学したり
女人禁制だった高野山参道の入口にある女性のための参詣所
女人堂 まで6km歩いて行ったりしたそうです

宿坊に泊まって、高野山にどっぷり浸るのもいいですね


| 紀伊半島紀行 | 15:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ひょっこり驚嘆 「あらぎ島」 和歌山県有田川町(2)

「明恵ふるさと館」を発って、一路高野山を目指し480号線を走り
お昼に差し掛かったので、次の道の駅に寄りました

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ランチセットを食べての帰り際
道の駅の人が、ぜひ見て行くといいですよ、と薦めてくれたのが

“ あらぎ島 ”

こんな山の中に “島” があるの・・・? どんな島?


すぐそばだというので行ってみました


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おおー、これが “ あらぎ島 ”( 蘭島 )

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川は 有田川
フラスコの底のような形に蛇行していて、中央が丸い島のように、確かに見えます

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河岸段丘に、田んぼが放射状に作られていて、見たこともない景色
「日本の棚田百選」 にも選ばれているそうです

「ひょっこりひょうたんきょうたん島」・・・なんちゃって

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パッチワークのような田んぼの模様は、私たちが訪れた昨年10月初めの景観です
水をたたえた春、青々とした夏、黄金色の秋、雪をかぶった冬・・・
四季折々、美しい表情を見せてくれるでしょう

ガイドブックにも載っていなかった「明恵上人の生誕地」と「あらぎ島」
偶然にも立ち寄ることができて、嬉しい思い出になりました



| 紀伊半島紀行 | 04:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「明恵ふるさと館」和歌山県有田川町(1)

次の目的地はいよいよ 高野山
阪和自動車道を有田ICで降りて内陸部に入り
最初の道の駅で休憩することにー

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明恵・・・?
明恵(みょうえ)上人のことかしら?


全くの偶然!
ナントここは、鎌倉時代の高僧、明恵上人の生誕地だったのです

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明恵上人については、若い頃ユングの心理学に興味を持っていて
河合隼雄 さんの 「明恵 夢を生きる」 という本で知りました

明恵上人は、夜寝て見た夢を 「夢記 ゆめのき として記録していました
19才から亡くなる少し前まで、40年間も!
夢を仏からの導きと捉え、夢に解釈を加え、自らの指針にしていました
上人にとっては、夢を見るのも修行のうちだったのです

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白洲正子 さんの本には
明恵上人が再興した京都の 「栂尾山 高山寺」 のことも書かれています
世界文化遺産の高山寺は、国宝の「鳥獣戯画」や「明恵上人像」などを所有し
紅葉の名所としても知られています
上人は、日本で初めてお茶の葉を栽培した人でもあるそうです

明恵上人は、ここ有田川町で武士の家に生まれました
しかし8歳で両親を亡くすと、自らの意志で仏門に帰依し、修行の道に入ります
当時は、道元、親鸞などが新しい宗派を起こしていた時代です
上人は信望を集めましたが、教団を構えることはありませんでした
群れを作らず、一人・・・
私は、上人のその姿勢に惹かれます
人は結局、一人で悟って行かなければならないのだろうと思います

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上人自筆の歌碑 「ふるさとの やどにはひとり 月やすむ そもつもさびし 秋のよのそら」

近くにある上人ゆかりの「歓喜寺」
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生誕の地の周辺には、ミカン畑が広がっていました
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実は、生まれも育ちも東北の私
黄色いミカンが木に生っているのを実際見たのは初めて!
感激しました! (昨年10月のことですけど)

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道路沿いも、車にかぶさるようにたわわ、手が届きそう!

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| 紀伊半島紀行 | 10:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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