ルル紀行

北海道旅行中に亜麻と出会い、宮城産の亜麻で手紡ぎと織りに挑戦中ー 愛犬ルルとの旅や暮らし、東北のディープな魅力も紹介します

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

鳴門の大塚国際美術館・うずしお(瀬戸内四国アート紀行18終)

楽しみにしていた大塚国際美術館 は、鳴門海峡大橋 のふもとにありました。

地下5階、地上3階建て、8,800坪という大きな建物の美術館。(展示階はB3~F2)
作品は西洋美術のみ1,000点余り、すべて 陶板焼成による レプリカ です。

地下3階の受付を抜けると、システィーナ礼拝堂 の天井画と壁画が六分の一の縮尺で再現されています。

PA231086 - コピー

   天井が近くて、絵もクリアーなので、何が描かれているのかよくわかります。

      CIMG1203 - コピー

      PA231083 - コピー
                              (陶板の継ぎ目が見えます)

館内すべて撮影OK ナント作品に触れてもいいのですって。

下の階から上の階に上るにつれて、古代から現代へと系統的にほぼ原寸大で展示されています。

PA231101 - コピー CIMG1263 - コピー


受胎告知 テンペラ画の細部まで立体的に再現されていたのにはちょっと感動しました。
CIMG1280 - コピー

          CIMG1281 - コピー


昨年、奇跡の来日を果たした、貴婦人と一角獣 のタペストリーも陶板で。

CIMG1271 - コピー - コピー


最後の晩餐 は、修復前と修復後の作品が突き合せて展示してありました。

PA231153 - コピー

PA231152 - コピー


スペインで観てきた名画もぞろぞろ。
PA231089 - コピー PA231088 - コピー


モネの睡蓮 は、睡蓮の池がある、屋外の広い円形の庭を囲むように設置してあり、癒しの場所です。
CIMG1368 - コピー
CIMG1371 - コピー
PA231181 - コピー
雨が降っていましたが、陶板だから、濡れても大丈夫なわけですね。

2Fまで上がると、私の大好きな、アメリカ抽象絵画。
CIMG1445 - コピー ジャクソン・ポロック
PA231207 - コピー マーク・ロスコ

とても2,3時間で見切れません、何せ1,000点です、一日でも足りないくらい。
近かったら再訪して、名画に浸り、美術史の勉強をしたいと思いました。


いよいよ四国にさよならの時がきました。
鳴門海峡大橋 を渡り、淡路島に入ってすぐの「道の駅 うずしお 」に車を止め、鳴門海峡に降り立ちました。
            PA150697 - コピー
       PA150655 - コピー
PA150694 - コピー
PA150660 - コピー - コピーPA150661 - コピー

鳴門のうずしお は引き潮の時間帯に当たり、大潮ではなかったものの、渦巻いている波を、思い出となった四国の地を背景にして見ることができました。

CIMG9350 - コピー


やっと四国旅行記、終了。
ここまでお付き合いいただき有り難うございます。
旅から帰って、写真や資料を整理し、ブログに旅行記をまとめるのが一番の楽しみになっていましたが、時間がかかりなかなか終わらず、難行に近くなってきていました。
リアルタイムの話題も載せる暇なく次々賞味期限が過ぎてしまい、そうこうしているうちに、次の旅行地に出発しているという次第です。
旅をしながら同時にUPするという器用なことができないので、帰ったら日々の生活の中で、ゆっくり振り返ってみたいと思います。


にほんブログ村 旅行ブログ ペット同伴旅行へ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ コーイケルホンディエへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

| 瀬戸内四国アート紀行 | 06:41 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

阿波の「土柱」・美馬の「うだつの町並み」(瀬戸内四国アート紀行17)

地図四国 - コピー (5) - コピー - コピー - コピー - コピー
この日は朝から、一日中雨降りでした。

CIMG1136 - コピー (2)

PA231074 - コピー

CIMG1143 - コピー - コピー CIMG1139 - コピー

PA231073 - コピー (3) CIMG1150 - コピー 


美馬市脇町の うだつの町並み

CIMG1157 - コピー

CIMG1161 - コピー CIMG1160 - コピー

CIMG1158 - コピー CIMG1164 - コピー 


    「うだつ が上がらない」という言葉の うだつ とは、この形( ⇑ ⇑ )の部分。

      CIMG1168 - コピー

もともとは隣家からの火事の延焼を防ぐための壁でしたが、装飾的になり、裕福さを競うようになったとのこと。
家に「うだつ を上げる」には財力が必要だったので、転じて反面「うだつ が上がらない」という言葉になったそうです。

にほんブログ村 旅行ブログ ペット同伴旅行へ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ コーイケルホンディエへ
にほんブログ村

| 瀬戸内四国アート紀行 | 06:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「祖谷のかずら橋」カズパパ頑張る!(瀬戸内四国アート紀行16)

地図四国 - コピー (5) - コピー - コピー - コピー (2)
四国4つ目の県、徳島 に入りました。

峡谷巡り、まず吉野川流域の大歩危・小歩危 おおぼけ・こぼけ へ向かいました。

CIMG0969 - コピー

歩危ぼけとは断崖という意味だそうで、上流の大歩危、下流の小歩危と続いています。
CIMG0980 - コピー

CIMG0986 - コピー

PA231050 - コピー


大歩危橋まで戻って、次に 祖谷 いや のかずら橋 へ行きました。

PA231052 - コピー

渡り賃、一人500円、ワンコはタダ。
係りの人から、ワンコは渡りきれないかもしれませんよ、と言われましたが・・・

      CIMG1008 - コピー

      CIMG1009 - コピー

      CIMG1010 - コピー

      CIMG1011 - コピー 
                  よし、ルーちゃん、偉いぞ!

      CIMG1013 - コピー

      CIMG1012 - コピー

          六分の一くらい進んだでしょうか、ルル、頑張れ!
      CIMG1026 - コピー
      
      CIMG1018 - コピー

私も続いて渡り始めたのですが、足元の「さな木」の間隔が広く、雨で滑り、下を見るとかなりの恐怖です。
橋も揺れるので、かずらで編まれた手すりにしがみつくようにして進みました。

CIMG1024 - コピー (2)

CIMG1021 - コピー (3)

CIMG1044 - コピー (2)


              あれ、ルー、ひょっとしてダメ???
      CIMG1019 - コピー

           ついに、ルルは後ろ足を落とし、動けなくなりました。
      CIMG1020 - コピー

            とー カズがルルを抱き上げ、歩き始めました。
      CIMG1027 - コピー
 
               腰を落として、一歩一歩、慎重にー
      CIMG1029 - コピー

              こけて、ルルを落とすわけにいきません。
      CIMG1033 - コピー        

        カズ、人生最大、絶体絶命の大ピンチ!(本人談)
      CIMG1028 - コピー

                 カズパパ、もう少し!
      CIMG1036 - コピー
                   
            無事、対岸にたどり着きました。(ホッ)

    カズパパ、偉ーい! ルルコを守ったー! 


             ルルは私が渡るのを心配そうに見ています。 
      CIMG1047 - コピー
                      

上流から見た「かずら橋」、両手を離して渡るなんてとても出来ませんよ。
CIMG1059 - コピー



                  深い峡谷です。

         CIMG1088 - コピー - コピー

      CIMG1091 - コピー
CIMG1074 - コピー (2)

峡谷沿いの細い山道を走っていると、ポツリポツリとひなびた温泉宿がありました。

四国は初めてなので観光に頑張りましたが、癒し系の所が多く、いつか次は滞在型で訪れてみたいなあ。


にほんブログ村 旅行ブログ ペット同伴旅行へ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ コーイケルホンディエへ
にほんブログ村

| 瀬戸内四国アート紀行 | 20:18 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

キャンピングカー「沈下橋」を渡る!(瀬戸内四国アート紀行15)

四万十川に架かる、大小47あるという、沈下橋 (ちんかばし ちんかきょう)

規模が大きい「岩間の沈下橋」にやってきました。

CIMG0836 - コピー (2)

実際はコンクリートで出来ているのですが、欄干がないので、遠目にはノスタルジックな景色ですね。

沈下橋 とは、その名の通り、川が増水した時には沈んでしまう橋だそうです。
欄干を無くしたのは、流木などの漂流物などが引っかからないためだとのこと。

高台で写真を撮っていると、エエッ~ 沈下橋 を車が次々渡っていくではないですか。
生活道路になっているようですね。

CIMG0845 - コピーCIMG0843 - コピー

カズが渡ってみようと言い出した時には、私はかなりこわごわでした。

高所恐怖症の私は、欄干のない細い橋に乗り出した時、ジェットコースター並みに縮み上がりました。(助手席から撮影)

    CIMG0850 - コピー

    CIMG0854 - コピー

CIMG0853 - コピーCIMG0852 - コピー

・・・割とあっけなく対岸に到着。(カズ、運転上手~い!

川原に降りてみました。
水が澄んで、小さな魚が泳いでいるのも見えます。

CIMG0878 - コピーCIMG0881 - コピー
CIMG0869 - コピーCIMG0874 - コピー
PA221015 - コピーPA221014 - コピー

四万十川 には、堰が一つあるだけで、ダムがないとのこと。
沈下橋 のように自然に優しいので、清流が残っているのですね。

戻るときに、また写真を撮っておこうと、まずは出発前にパチリ。

     CIMG0894 - コピー

     CIMG0899 - コピー

     CIMG0895 - コピー

     CIMG0897 - コピー
        
     CIMG0902 - コピー

     CIMG0906 - コピー    
              「動画で撮ればよかったのにー」「・・・そうだったね。」


エッ 江川崎?
    CIMG0908 - コピー
どこかで聞いたことがあるようなー
昨年夏、国内最高気温41℃を記録した所ではないですか!
四万十市といっても、結構、内陸なのですね。

江川崎 の町を抜ける時、一応、証拠写真を車内から撮影しましたぁ。
    CIMG0911 - コピー


沈下橋 はこのあともいくつか見かけました。
小さい橋、傷みが目立ち通行止めになっている橋 それぞれ風情がありました。

長生 ながおい 沈下橋
CIMG0914 - コピー (3)

PA221036.jpg
  

地図四国 - コピー (4) - コピー - コピー

にほんブログ村 旅行ブログ ペット同伴旅行へ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ コーイケルホンディエへ
にほんブログ村

| 瀬戸内四国アート紀行 | 09:03 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

宇和島伊達藩と仙台伊達藩(瀬戸内四国アート紀行14)

   CIMG0786 - コピー

地図四国 - コピー (3) - コピー - コピー
愛媛県 宇和島市 と、宮城県 仙台市歴史姉妹都市 です。
宇和島10万石は、大阪の陣の恩賞として、江戸幕府から仙台藩(62万石)に拝領されたという経緯があるのです。

宇和島城
CIMG0794 - コピー CIMG0815 - コピー
 
宇和島初代藩主 伊達秀宗は、実は、仙台藩祖 伊達政宗の長男です。

なぜ長男なのに、仙台藩を継がなかったかについては諸説あります。

その一つが、側室の子であったこと。
NHK大河ドラマ 渡辺謙主演の「独眼竜政宗」の中で、側室を秋吉久美子、正室の愛姫めごひめ を桜田淳子が演じ、その辺の機微を表していました。

もう一つの理由に、秀宗が幼くして秀吉の人質に取られ、秀頼の遊び相手として育ったので、幕府に遠慮したためとも言われています。

政宗は、秀宗が宇和島に赴くとき、57人の家来と御用商人まで付けてやりました。
現在も、「57武将隊」としてパレードをしたりして、宇和島の町おこしに一役買っているようです。


宇和島市立伊達博物館 を訪れました。
CIMG0752 - コピー CIMG0735 - コピー

宇和島7代藩主 伊達秀紀 ひでただ の特別展が開催されていて、興味深く見てきました。
ここでも歴史が繰り返されていたのです。

秀紀は、6代藩主の側室の子として生まれていました。
しかし、父に、仙台藩主の姫君が輿入れすることになり、その時、正室となる姫に男の子が生まれたら、その子を跡継ぎにするという約束が交わされたのです。
ところがその後、正室には男の子が生まれたものの亡くなってしまい、跡継ぎが回ってきたというわけです。

   CIMG0748 - コピー

秀紀は97歳という長寿を全うし、後年、「天赦園てんしゅえん」という庭を造っています。

政宗の晩年の言葉に、「馬上少年過ぐ 平らかにして白髪多し 残躯天の赦すところ  楽しまざるをこれ如何せん」というのがあります。

秀紀もここまで長生きしたのだから、藩祖 政宗にならってこれくらいの贅沢をしても天は赦してくれるだろう、とその庭を「天赦園」と名付けたのだそうです。

           CIMG0770 - コピー
        
この辺りからは、「大崎八幡宮」で開講されていた「仙台・江戸学」の中での慶應義塾大学・倉持先生のお話をもとにしています。(ちょっとお勉強しました)

江戸時代、宇和島藩と仙台藩はいろいろと交流があったようです。
宇和島藩は初めの頃、仙台藩から財政援助をしてもらっていましたが立て直しに成功しました。、
また宇和島藩代々の藩主が長生きだったこともあり、江戸城で上座になったことで、一悶着あったりもしたそうです。
仙台藩が本家で宇和島藩が末家ばっけであるという仙台側の主張に対し、宇和島側はそれぞれ独立した藩であるという見解を示しました。

CIMG0773 - コピー CIMG0757 - コピー

幕末の戊辰戦争では、仙台藩は「奥羽越列藩同盟」を組み、官軍に対抗しました。
会津が落城してから、官軍は宮城の県境を越え、一戦を交えるばかりになってきていました。

ここで宇和島藩は、息子を仙台伊達家に養子に出していたこともあり、仙台藩の説得に努めたのです。
仙台藩は降伏し、28万石に減封になりました。

明治に入って、廃藩になり華族制に移行した時、宇和島伊達家はその勲功により侯爵、仙台伊達家は伯爵と、位は逆転してしまったということです。

CIMG0768 - コピー CIMG0778 - コピー



美味しいものを求めて、宇和島港に面した「 道の駅 きさいや市場 」に来ました。

CIMG0823 - コピー CIMG0819 - コピー

大きな道の駅で、海産物や農産物がたくさん並んでいて、珍しい魚、いろいろな種類のみかんなどのほかにも、ご当地ならではのお惣菜やお菓子などに目を奪われました。

CIMG0811 - コピー CIMG0809 - コピー

CIMG0830 - コピー CIMG0810 - コピー

     レストランでは、郷土料理をいただきました。

鯛めし定食  CIMG0806 - コピー
しょうゆ仕立ての冷たい汁の中に鯛の刺身と生卵が入った宇和島独特の漁師飯。  

さつま汁定食 CIMG0805 - コピー
魚と味噌を擦りおろし、きゅうりと海苔が乗った“さつま汁”、これもご飯にかけていただきます。 

   
宇和島港に出てみました。(ちょっと南国っぽい)
CIMG0824 - コピー

          太平洋の方角を向いて、「えひめ丸」の碑が建っていました。
          CIMG0826 - コピー
           宇和島水産高校はここから5分位の所にあるそうです。
           あのハワイ沖の悲劇から、13年が経つのですね。

* 3.11大震災の後、宇和島水産高校の皆様は新しい“えひめ丸”に乗って、ミカンジュースなど救援物資を宮城県沿岸まで届けてくださいました。感謝と感動したニュースです。

にほんブログ村 旅行ブログ ペット同伴旅行へ
にほんブログ村

にほんブログ村 犬ブログ コーイケルホンディエへ
にほんブログ村
          

| 瀬戸内四国アート紀行 | 10:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT