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風通織を再開する気持ちになる

織りは、諸事情で7,8年前にやめてしまっていましたが
一昨年あたりから、ボチボチ再開しているところです

風通織は
表と裏が入れ替わって複雑に模様を織り成すところが
おもしろくて織っていました

その頃織った着尺の残糸が、たくさんあります

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着尺は、きっちり織っていましたが
今回は密度を粗くして、透けた感じを出してみたいと思っています


先ずは、試織

昔、梅の枝で染めたままにしていた綛を六角に巻いています

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織りの先生の工房で藍染めをさせていただきました

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段階的に染めた藍の糸も新たに揃いました

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デザインと色のチョイスで、頭を悩ませているところです


新聞で、こんな言葉を見つけたよ
「老いとは、もつれた糸を幸せな結末に結び直すご褒美の時間」
(90歳になる湯川久子さんという方のお言葉から)


ご褒美の時間ー
やっぱ “ポレポレ”でいこう
(ポレポレはケニア語で、ゆっくりゆっくりの意)


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| 風通織・二重織 | 10:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ヨシ」を編む

夏のすだれ「よしず」や茅葺き屋根の材料となる ヨシ(葦)

* 北上川流域では良質なヨシが生育していましたが
東日本大震災で地盤沈下して津波の水が引かず、6割が水没してしまったといいます
再生を願う地元やボランティアの方々の手で、少しづつ復旧作業が進められているそうです
野焼き(ヨシ原焼き)は風物詩でした



「ヨシ」を使って、コースターを編むという体験をしてきました
「アンギン」編みと違いがあるのか、興味があったのです

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今回の「ヨシ」は、県北部の「伊豆沼」 「内沼」 周辺のもの

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編み台には、刻みが入った横板(ケタ?)が2本架かっています
(以前見たムシロを編む台を小さくしたよう)

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2本の横板にタテ糸をかけて、真ん中にヨシを置いて、からませながら編んでいきます

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編み進むと、横板の間から編まれたヨシが降りてきました

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端を切り揃えれば、コースターーの完成

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縄文時代の「アンギン」は、編み台は見つかっていません
再現されているのは、越後地方に伝わる「アンギン」編みの技法です
実際は、ケタ(横板)が2本、という可能性もあるかな、と想像しています


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| 縄文と編布「アンギン」 | 09:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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縄文 INDEX

カテゴリ内の「旅」の項目に散らばっている 縄文 関係の記事を
一覧できるようにまとめてみました
(クリックすると見られます)


「縄文のビーナス」&「仮面の女神」(夏ドライブ信州11)

縄文のカラムシ布「アンギン」とは?(夏ドライブ信州12)

縄文遺跡と逆さ八ヶ岳(夏ドライブ信州13)


山形の国宝土偶「縄文の女神」


縄文のストーンサークル「樺山遺跡」(岩手北上1)

「みちのく民俗村」(岩手北上3)



春になって暖かくなったら
「北東北」の縄文遺跡を巡る旅に出かけたいと思っています
新緑の頃がいいかな~ ルルも一緒に

は る よ
 こ い



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| 縄文と編布「アンギン」 | 08:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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縄文の編布「アンギン」まとめ(2){アンギン」の語源

弥生時代に “織り” が伝わって、縄文の “編み” は廃れていった

と、考えられていたが・・・

越後地方の一部地域(新潟県十日町付近)で、明治時代まで残っていたのである

その編まれた布は 「アンギン」 と呼ばれていた


「アンギン」 という呼び名は、編み布(アミギヌ) が語源だいわれている

また、質素を旨とした一遍上人はじめ時宗の僧侶たちが袈裟として着用していたことから
その 阿弥布(アミギヌ) から転じたともいわれている


縄文時代の布のことを 「編布=アンギン」 と名付けたのは
「山王遺跡」(宮城県栗原市一迫町)で、縄文の編布を発掘した東北大の伊東信雄教授である
この越後の「アンギン」を見て、酷似していることから、命名したという


縄文の「アンギン」は、布の断片(前出:漆でコーティングされていた)が出土していたものの
編む道具は木で作られていたためか腐ってしまったようで、見つかっていない

しかし越後の「アンギン」が見つかったことで、道具や編み方がわかってきたのである


縄文時代の「アンギン」を編む様子を再現した展示から

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長野県茅野市「尖石縄文考古館」


体験用の簡易編み台「仙台縄文の森広場」

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名称は、越後に伝承されてきた「アンギン」による


編み方は、コモヅチを付けたタテ糸に、ヨコ糸をからませて編んでいく “もじり編み” である


越後地方では、織りが伝わっても、木綿糸が手に入らなかったり
また、整経や経糸を張るのに手間がかかるということで
自生していた カラムシ(苧麻)、アカソ、イラクサ、大麻 などで
厚手でざっくりとした作業着(袖なし、前掛け、袋など)を編んでいたそうである



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| 縄文と編布「アンギン」 | 10:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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縄文の編布「アンギン」まとめ(1)「アンギン」の発見

織機を使う“織り”は、弥生時代に大陸から、稲作と共に伝わった
それ以前に作られていた布は、“編み”の技法で
縄文時代の編布は 「アンギン」 と呼ばれています


はじめ「アンギン」は、縄文土器の圧痕からその存在が知られた
“もじり編み”によるスダレ状の痕跡
土器を作る時、滑らないように底に敷いたのが残ったのです


「アンギン」を編んだ道具は見つかっていませんが
ナント編布の実物は、九つの遺跡から奇跡的に出土しています
それらはを濾すのに使われたため、漆が浸透し硬化したからだという


発見された中で最古の編布は、約6000年も前の縄文前期のもの(福井県鳥浜貝塚)
貝殻のアルカリ性が、酸性の土壌を中和したため、腐らずに残ったそうです


ここ宮城県でも、栗原市一迫町の山王遺跡から
縄文晩期(2800~3000年前)の布が見つかっています
写真を見せていただきましたが、茶黒の色で、編目がはっきり見て取れます
縄文後期には、「アンギン」は衣料として広く普及していたようです


実は編布の歴史はかなり古く、新石器時代の中国で発見されているという
やはり大陸からもたらされたようです



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| 縄文と編布「アンギン」 | 09:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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